まず最初に、この一連の脱出劇はプライベートな旅ではなくお客さんを連れての仕事中に繰り広げられたということを覚えておいてもらいたい。会社の責任とお金を払って参加されているお客さん達の不安を一身に背負った危機的状態がいかに背筋の凍るものか、分かっていただけるだろう。
空路20分のところ、陸路12時間!過酷極まりない移動はいかにして行われたのか。実際の添乗中にこなした奇跡の脱出劇一部始終。
■待ちに待った再出発
ジョムソンを発ってからかれこれ5時間が経とうとしていた。
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山間の停留所には、夕刻に近付くに従って人が増えてきた。しかし彼らはこの辺一帯の山村の住民なのだろう。観光客はおろか、外国人、ましてや日本人などは皆無である。
掘建小屋に毛の生えたような小屋の中には一応トイレもあるし、湯を沸かすこともできた。高地では日が暮れるとかなりの寒さになる。壁のある建物の中で暖をとることができたのはせめてもの救いだった。
予約した私たちのジープもそろそろ到着する頃だ。
ガイドと私は時折到着するジープを見張っていた。と、これまでとは少し様子の違う、やや大型のミニバス型ジープが土埃を上げて坂道を登ってきた。サイズからいってもこれが予約しておいたものではないだろうか。
この停留所に着いてからは既に3時間が経とうとしている。
お客さんたちもそろそろ痺れをきらしている頃。さっさと目的地に向かって出発してしまいたいところだ。しかし、急がば廻れなのだ。このような場所では、予約もしていないバスが勝手に客を乗せてしまい規定以上の料金を要求された挙句に目的地とは全然違う場所で降ろされるといった事件が多発している。
某社のガイドとも事前に打合せをしていた通り、まずは確実に予約車かどうかを確認した上で某社とうちのお客さんを一堂に集めてから乗り込もうということだった。確認はうちのガイドが責任をもってやるということにしてあったため、彼は早速バスを差配している男のところへ向かったのだった。
■裏切り
某社のへなちょこガイドの姿が見えなかったのが私は少し気にはなったが、どうせまたお客さんのケアもせずどこかで煙草でも吸っているのだろうと思っていた。
が、しかし・・・そんな私が甘かった。
うちのガイドが戻り、予約車だと確認がとれたためいよいよ両社のお客さんを集合させている時だった。いつの間にか某社のお客さんもあのガイドも、姿を消していたのだ。
もしや。
皆を連れて例のジープの待つ場所へと足早に向かい、中を見て愕然とした。
そこには、あとは出発を待つだけ、といった顔をした某社ガイドと彼のお客さんたちがすっかり準備が整った状態で座席に座っているではないか!!
あれほど、安全性をきちんと確認してから両社全員集合し乗ると約束していたのに、そんな約束などまるでなかったかのように涼しい顔でドライバーの横に座る某社ガイド。いっちょまえにドライバーに指示を出したりなどしているではないか!
今回たまたま来たバスが予約車だったから良かったものの、上述のような事件が多発するこの地域、確認もせずに乗り込んで万が一ぼったくり白バスだったらどうしていたのだろうか。
お客さんにもその危険性と予約確認の重要性は十分説明してあったのだか、彼らの目から見れば、このへなちょこガイドもうちのガイドも私も、みんな旅行社側のプロなのだ。ガイド同士の確執や能力の差などは彼らは知る由も無い。
したがって、ここでは完全に某社ガイドに出し抜かれた形となった。
お客さんたちから見れば、「何もない山村のバス停で数時間待ちぼうけの中、バスが来たところにいち早く駆けつけ、確認を済ませ(某社ガイドは確認などしていないのだが、そこは都合良いように説明したのだろう)、自社のお客さんを優先させて良い席に素早く案内した」気の利く某社ガイドと、もたもたしていた私達という風に映ってしまうのである。
かといって、このような一刻を争う事態の中、いま皆の前で某社ガイドの行動を逐一暴いて身の潔白を説明したところで言い訳にしか聞こえない。それに、手段はどうであれ某社が早く良い席をゲットしたという結果は結果なのである。
お金を払ってツアーに参加しているお客さんたちにとって重要なのは、私たちのどちらが悪いのか、といったことではない。どうすれば少しでも快適に早く目的地に着いて観光を続けられるのかということなのだ。
■迫りくる不安
さて、とにもかくにも、こうして何とか目的地に向けて進める状態にはなったのだ。お客さんも、ようやく動ける安堵の方が大きかったらしく、さほど不満そうでもなかったので助かった。
かくしてポカラに向けて再出発となった。
今度は後部座席に15人程度乗れるミニバンのような形のバスで、ドライバーの横に陣取った某社ガイド、そのすぐ後ろにうちのガイドと私、その後部の広い席に某社とうちのお客さんが相乗りという形になった。
忘れてはならない。この見知らぬ山岳地帯で頼れる日本人は私自身、ただひとりなのである。
ただひたすら不安だ。
ガタピシと横揺れしながら走り出すバスの中で、私はその不安を掻き消すように車内マイクをとった。
「さて、皆様ここまでの道程大変お疲れ様でした。ここからは、某社・○社混載ツアーとなります! 今皆様は、通常のツアーでは経験することのない状況に置かれております。緊急事態ではありますが、私たちが責任をもって皆様を安全な場所へとお連れ致しますのでどうぞご安心下さい。ある意味ではこんな体験は滅多にすることができません。ヒマラヤ山岳地帯ジープ脱出ツアーとでも題し、ここからは私が混載ツアーの添乗員を務めさせて頂きます!」
心中の不安とは真逆の挨拶を終えると、やはり秘境慣れしたお客さんは猛者ばかりだった。このような状態でも拍手や笑いが湧きおこるのである。
■絶望
ひどい揺れの中、1時間、2時間と経ち、3時間目に差し掛かろうとしていた頃。既に午後20時をまわり、辺りは漆黒の闇で包まれていた。
最初はお客さん同士話も弾んでいたのだが、さすがに朝からの疲労が押し寄せてきたのかこの辺りになると車内には沈黙が流れていた。半数以上が眠っている。
街灯などあるはずもない山道。ここでもし車のライトが無くなったら視界は一瞬でゼロになる。他に車など走っている気配などなく、かろうじてタイヤの跡がついているような道をガタピシいいながら走っているのである。
私とガイドは真っ暗な車内でも一瞬たりとも眠っていない。何しろベテランガイドもジョムソンからポカラまでの陸路移動は初めて、会社でも前例が無いのだ。某社のへなちょこガイドだけは早々と爆睡している。
すると、突然の光に一瞬目が眩んだ。暗闇から突如出た場所は、沢山の人がたむろし車のライトが交差してやたらと明るい。
いくつか小屋のような建物のシルエットが見える。そこで突然私たちの乗ったバスが停車したのである。街だ!もしかして、ついに到着か!?けれど、到着予定時間よりもまだ大幅に早い。
と、ここでまた絶望的な通告がなされた。
ドライバーが、ガソリン切れによりここから先は進めないという。そして一応バスの中継地点のようになってはいるもののガソリン補給の設備はなく、先に進むにはここで車を乗り換えなければならないということだ。
脳天に重い鉛を落とされたかのような衝撃だ。
しかし、うちのガイドはそんな筈はないという。手配時にポカラまで乗せていくことを確約しているし、燃料も確認したはずだ。おそらくドライバーが途中で欲を出して、半分の道のりで私たちを別の車に乗り換えさせて料金を貰いさっさと切り上げようという魂胆なのだと。
ここから先は対ドライバー、そして予期せぬ客を横取りしようと群がってくる乗り換え候補の現地ドライバーたちとの、いつ終わるとも知れない応酬が続く。
えらいことになった。車を取り囲む現地人ドライバーたち。ネパール語での罵声が飛び交う中、私はもはやなす術もない。お客さんには現状を説明するだけで精一杯だ。
今までなんとか進んで来たが、もはやここで命運尽きたか・・・
このあと、某社ガイドによる更なる裏切りに絶望し、ようやく到着したポカラでは驚愕の結末が待っていた。
次回、いよいよ衝撃の大団円!
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